🧠 なぜ文明が発達したのに、私たちは8〜10時間も働き続けるのか?
― 働きすぎ社会を見直し、“縄文の豊かさ”とラッセルの思想から未来の暮らしを考える ―
現代はかつてないほど文明が発達し、テクノロジーも農業機械もAIも揃っています。
それでも多くの人が 毎日8〜10時間の労働を続けているのはなぜでしょうか。
一方、研究者が明らかにしている縄文時代の生活は、
1日わずか2〜4時間の労働で十分だったと言われています。
それでも人々は共同体をつくり、自然と共に豊かに暮らしていました。
文明が発達した今の時代の方が“働く時間が長い”――
この矛盾には、歴史的な理由があります。
■ 「働かざる者食うべからず」は誰のための思想か
近代以降に広まった「働くことは義務であり美徳」という価値観は、
実は普遍的でも自然な人間の姿でもありません。
この価値観は
支配者が民衆を効率よく働かせるために作り上げた“奴隷の道徳”
と言われています。
労働は神聖であり、休むことは悪
働かない人は堕落している
労働は美徳である
こうした考えは、約500年前のプロテスタント倫理が誕生の元です。
明治維新の日本もこの価値観を国家運営のために取り込み、
「勤勉こそ正義」という思考を国民に植え付けました。
■ 文明が発達しても働く時間が減らない理由
文明が発展すれば、本来は働く時間は減るはずです。
実際、農業は機械化し、家事は家電で効率化し、AIまで登場しました。
しかし働く時間が減らないのは、
労働が“富のためのシステム”になったから。
資本主義は、
労働者が長く働くほど利益が出る
余暇は管理できないので好まれない
消費を増やすには所得も増やし続ける必要がある
という構造を持っています。
文明が発達しても、
社会の仕組み自体が「長く働くこと」を前提にしてしまっているのです。
■ 縄文時代:たった2〜4時間の労働で成り立った暮らし
縄文時代の人々は狩猟採集だけでなく、
漁業・堅果の加工・植物栽培など多様な食料源を持ち、
生活に必要な労働は 平均2〜4時間程度だったと考えられています。
残りの時間は
祭り
共同作業
ものづくり
子育て
芸術
祈り
などに費やされ、極めて豊かな“余白の文化”を築きました。
文明がなかった縄文人の方が、
現代より自由な時間が多かったというのは驚くべき事実です。
■ ラッセルが語る「余暇こそ文明の源」
20世紀の哲学者バートランド・ラッセルは
名著『怠惰礼賛』でこう述べています。
「余暇は文明の源である。
労働のしすぎは社会の敵である。」
ラッセルは、1日4時間労働で社会は十分成り立つと語りました。
イノベーション、芸術、科学、文化は
余暇=自由時間から生まれるからです。
■ エコビレッジが目指す未来 : “働き詰め”ではなく “余白で生きる社会”
文明が発達しても、働きすぎの文化がなくならないのは、
社会がそのように設計されてきたからです。
しかし、これから必要なのは
人間が本来持つリズムに戻ること。
エコビレッジでは
自給自足
仲間との共同作業
自然エネルギー
小さく暮らす技術
シェア文化
を組み合わせることで、
働きすぎに頼らない暮らしの選択肢をつくっています。
縄文のように“必要なだけ働き”、
残りの時間を“生きるための時間”に使う。
そんな暮らし方が、現代でも実現できます。
■ 最後に
文明が発達しているのに働きすぎる現代。
文明が未発達でも豊かに暮らした縄文。
この対比は、私たちに大切な問いを投げかけています。
